こう思っている人は多いのかなって思う。
俺もそうだった。
でもこれって・・・
自由を履き違えていないかなって?
自由の定義はなに?
ダラダラと時間を過ごすこと?
スマホを見ること?
ゲームすること?
好きなところにでかけること?
それって自由なのか?
そもそも何故自由になりたいの?
幸せになりたいからでしょ?
俺自信も昔は自由なくなると思ってた。
自分の時間がなくなるんじゃないかって思ってた。
幸せが減るんじゃないかって思ってた。
でも全然違った。
自由って言うのは
幸せっていうものは自ら掴み取るもの。
時間を浪費することではない。
自由って誰かに奪われるものではなく
自分で創り出すものだよねって。

なぜそう思ってたのか?
俺は結局は他責だったんだなって。
自らの人生に責任を持っていない
他人軸で奪われるとか思っちゃってた。
自らの人生をコントロールしていなかった
視野も狭くなっていた。
自分の先祖・・・
今まで生きてきた人類が子育てをしている理由があるのに、
とても有意義な幸せなことであるのに、
それを1つの側面からしか見ずに、
大変とかお金がかかるとか漠然な不安になっていた。
他責であり、利己的だった。
実際どうだったか?
確かに時間というリソースは子どもに使うことは多くなった。
でも自由がないなんて思ったことはない。
自分が使ってきた無駄な時間を
とても有意義な時間に変わったと思う。
石田衣良の恋愛の定義じゃないけど、
相手の幸福が自分にとって不可欠な状態を恋愛という
みたいな話で、
凛ちゃんの幸せが自分にとって不可欠な状態になっている。
時間は減ったかもしれないが、
自由なんて減っていない。
幸せになるための時間は増えている。
今思うこと
もっと視野を広くしてみろよって。
子どもがいるご家庭を見てどうなんだって?
その人の話を聞いてどうなんだって?
目に入れても痛くない言ってるでしょ?
どう見ても幸せそうだろ?
子どもを見る目を見てみろよって。
そんな事にも気付けないくらい利己的な人間だったんだなって。
凛ちゃんへ
あなたの幸せがパパの幸せです。
感謝しかありません。
産まれてきてくれてありがとう。
そしてこれからもよろしくね‼️